模型 民家と山小屋 MODELS HOUSE & MOUNTAIN HUT

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 この川へ来ると子供の頃を思い出す。
 ・・・石の下にはカジカが沢山隠れていて、石をどけるとさっと逃げ出し別の石に姿を消してしまう。何度か同じことを繰り返し捕まえる。時にはカジカの卵を見ることもあった。・・・
 思考の中で、子供の頃と現在を行ったり来たりしながら川の流れを楽しむ。

富士山

2013.10.14. 御殿場ルート

 夏の賑わいは去り、静かな時が過ごせるこの季節は、自分の足に任せて気ままに登ることが出来る。登山道はほぼ頂上まで見えるが人は誰もいない。砂礫を踏みしめるサクッサクッという音と、時折吹いてくる風の音だけが聞こえ、足の運びに合わせて呼吸の微かな響きが体を支配する。

富士山/御殿場口より

 標高差2225mを登る。改めて標高差を見ると登れるのだろうかと心配になってくる。このコースはほとんど木が生えていない。富士アザミと低木が少しありすでに冬枯れしている。広い登山道は真っ直ぐ高みに登っていく。

 ジグザグに付けられた登山道に入ると足の運びが急に楽になり心の余裕も生まれてきた。一つ目の小屋にまもなく到着する。すでに小屋は閉まっているが模型の参考になるところを写真に収めることが出来てた。

富士山/アザミ

 山頂も近づいた頃、後から来た若い人に追い越された。ちょっと立ち話をし、頂上が見えたら手を振ってねと別れた。離れていく彼をちょっとだけうらやましく思った。まもなく視界から消えていく姿を見守って、私も同じ道をゆっくり登っていく。彼が消えた当たりまで行くと、はなれた岩の影から大きく手を振っている姿が見えた。

 記 登り7時間30分 下り2時間ほどかかった。

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上越の山々・白毛門/笠ヶ岳

2013.9.21.

犬との出会い

 この川の側に家があり長いロープが張られていた。犬の首輪にもクサリが付いている。そのクサリは張られたロープを滑るように行き来する。犬の行動範囲が広がる。私たちが山の行き帰りに通ると、ガラガラとロープを引きずりやってきた。雪が降りしきる時も体中雪だらけになりなが同じようにやってきた。今はその家すら見当たらない。

尾根を登る

尾根道

 覚悟はしていても急な尾根を真っ直ぐ登っていくのはかなり辛い。木の根を乗り越えるとき、岩をよけながら体を引き上げるとき、次が平らになっていてほしいと望みながら足を上げる。

 汗をかいたとき、大きな木や岩に触ると冷たく感じる。私の熱さをほんの少しだけ持って行ってくれる。

ブナの実

樹林


 此処はまだ大きな木の支配下だ。木の間越しに乾いた谷川岳が見渡せ、他の山と全く違った要望をし、私たちを見下ろしている。

 大きなブナの木が覆い被さるように登山道の脇に立っている。細い枝の先にも、殻に包まれた実がなっている。まもなく動物の貴重な餌になるのだろうか。

輝き

 沢山の笹が日に輝く姿を見たのは蓬峠への下りだった。周りの暗さの中に夕方の光が笹の一枚一枚を浮き立たせるようにあたり、一面キラキラと光っていた。

笹

 今は明るい陽の光を通して透けるように緑の葉脈が美しく見える。この笹を折り小さな舟を作り水に浮かべて遊んだ子供時代をふっと思い出す。ゆらゆら揺れながら小川を下っていく笹舟も陽にキラキラと輝いていたような気がする。

白毛門付近の岩(顔に見える)

山頂

 山を眺めながら、お弁当を広げて ゆっくり休む人、次の目的地に急ぐ人、私たちのようにもう少し行こうか迷っている人、それぞれの思いを抱いて、この山頂にいる。
 最初に来たのは冬山を始めたばかりの頃で、ワカンを付けて猛烈にラッセルをした。汗をかき疲れ果てて山頂へ着いたとき、谷川岳の姿に胸をワクワクさせられた。それ以来、冬の初めはよく此処に通った。踏み跡がないことを願い、新雪に自分たちの道を付けるべくラッセルに汗を流した。
 何時もたっぷりと雪をまとい、これから冬山のシーズンがが始まるぞ、と告げているような優しさと厳しさを味わうことが出来た。
 山の頂を、過ぎ去る景色を、小さな草花を、そして秋の恵みを楽しみたい。登るにつれてに秋が深まっていく、今はちょうどそんな季節の変わり目を楽しんでいる。

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ユスラウメ

2013.6.5.

最盛期のユスラウメ

 ユスラウメ、漢字で書くと『山桜桃』となる。桜を小さくしたような花が咲き、サクランボ(桜桃)を小さくしたような実がなる。我が家にユスラウメが来てから20年くらいになるだろうか。最盛期には写真のように鈴なりで今年の数倍は収穫があった。
 今日はユスラウメのジャムを作る。種を抜き、500gほどをホーローの鍋に入れる。煮ていくと水分が出てくる。半分ほどになったところで砂糖を20%ほど加える。この頃になると部屋中甘酸っぱい香りが漂ってくる。程よく煮詰まったところで小さなビンに入れる。窓辺に置いたりしながら色合いを楽しむ。グラスに入ったほうは今日の試食用に少しずつ食べる。赤く染まった酸味の強い味はジャムの女王様といえるだろう。

ユスラウメユスラウメジャム

 また今日から1年間かけて育てる。いや、放っておくのだが来年も女王様に逢えますように。

2013.5.21.

スズメの巣

 玄関ポーチにスズメが今年もやってきた。昨年巣立ったスズメであるはずがないのだが、その場所を知っているように巣を作っている。庭に出て行くとオリーブの木陰に隠れ 、人がいなくなるのを待っているようだ。暫くすると「チチ チチ」と小さな名鳴き声が聞こえてくる。ドアの陰に隠れて様子を覗う。 何羽いるのかなかなか分からない。 時折、「チチチ チチチ」と、鳴き声が大きくなる。口に含んだ餌を口移しで与える。一斉に口を大きく開け待っている姿は滑稽でもある。親鳥は交互に行ったり来たりし 忙しく餌を運んで来る。少しの間、私たちも遠慮がちに出入りをしている。

スズメの巣

 いつの間にか鳴き声も聞こえなくなり元通りの静けさがやってきた。毎年こうして巣立つ姿を見る(本当は見ていないときなのだが)のを楽しみにしている。そして、散歩の途中スズメを見かけると「あれはうちのスズメかしら」と思ってしまう。

編笠山

2013.4.28.

編笠山々頂

 前日の観音平駐車場は10台ほど車が止まっていた。丘のようになだらかな編笠山は山頂に少しだけ雪をいただき夕日を浴びている。谷を隔てた対岸には甲斐駒ヶ岳・北岳などが最後の残照をあび心惹かれる姿を見せている。昨年は徳本峠を越えたが、今年は編笠山に登る。編み笠とはうまい名である。煮ているものにお椀を伏せたようなとか、飯を持ったような、などと形容されるが、,それよりいくらか傾斜が緩やかな気がする。八ヶ岳の西端に位置し、なだらかな裾野を開いている。 雪は少ないが展望のよい山だ。
 朝日を浴びた北岳と甲斐駒ヶ岳、少しずつ他の山へ広がり、やがて編笠山へも伝わってきた。新緑にはまだ早いのだが、膨らみ始めた唐松の芽は今にも開きそうなぐらい大きくうっすら緑色が見えている。木々の上部に日が当たり火を灯したように輝き始めた。日が登るにつれ暖かさを取り戻してきたが、高度が上がると季節が戻って行く。最初の雪が現れると、後は少しずつ雪道になってきた。適度に締まった春山の雪道は歩きやすく真っ直ぐ高度を稼ぐ。最後の急登を終えると山頂が待っていた。
 山頂は風が強くそこに止まることを許してくれない。少しくぼんだ所で風をよける。風の合間を見て、間近に南アルプスの高峰を堪能する。

編笠山々頂をめざす

・・・・30年前、草滑りから北岳を目指して登ったときの記憶がよみがえってくる。5月1日北岳山頂は二人だけで独占していた。・・・・
  振り向くと八ヶ岳の山々が目の前に迫り、ここから先、権現岳へ登って行きたいような気持ちにさせられる。十分展望を楽しみ青年小屋へ降りる。複雑な道が雪で埋まっているため非常に歩きやすい。青年小屋を後にし雪の槇道をゆっくり降りていく。
 春山はこれからも私たちを楽しませてくれるこどだろう。

追記:雪山から遠ざかっていたため装備が不十分だ。この時期でも行くことができる場所に大きな制約がある。「あと5〜6年は雪山に登っていたい」と思うようになってきた。◀galleries Eventへ

ブルーベリージャム

2013.4.21.

ブルーベリージャム

 最後(2012年度産)のブルベリーを冷凍庫から取り出す。煮ているときの甘酸っぱい匂いは部屋中に広がり、それに誘われてみんなが集る。出来たてをヨーグルトにのせ 軽く混ぜると白に紫色の渦ができる。一口すくい口の中に入れる。 甘みと酸味がゆっくり広がっていく。
 毎年夏になると近所の農園にブルベリーを狩りに行く。暑さと戦いながら一粒づつ取る。そのまま食べてももちろん美味しいのだが、たくさん取ったときは冷凍保存し小分けしたものを時々こうしてジャムにする。その甘みと酸味に夏の暑さを思い出し心ゆくまで楽しもう。

道具1

ピンセット

 私の道具の中で無くてはならないもの、それがピンセットである。手の延長、いや、指の延長線上にこれがある。模型は小さなものが多く、使い慣れた使いやすいものが良い。

4本のピンセット

 現在所有しているものは4本である。中でも始めに購入した1本は、グリップは手に収まる程の大きさで、先は鋭く、堅さは掴んだ感触が残るが柔らかすぎない。ほとんどの作業はこれで出来てしまう。
 次に購入したのは最初のものと同じだが先が曲がっている。出番は少ないのだが、奥まった所などに効力を発揮する。同型としては2代目になる。残念なことに1代目は根元の溶接が取れてしまった。使用頻度が少ないためすぐに壊れたことになる。再購入を考え探していたのだが、同じものしか候補に挙がってこなかった。やむなく、メーカーに壊れたものを同封し原因を尋ねてみた。しばらくすると新しいピンセットと「品質には注意しているのですが、手作りのため製品にバラツキが……」出たとのことである。そして「新しいものを使ってください。」と添えてあった。物を作る者として見習わなければならない。言うまでもなく3本目・4本目も、同メーカーのものを購入することになる。
 3本目は大きめなものを掴みやすい様に先が幅広のものを選んだ。これは予想以上に使い勝手が良い。0.5mmとか1.0mmの細いものも安定して持ち上げることが出来る。細いピンセットでは力が入りすぎ回転していまうこともあった。先が細いだけが良いわけでは無いことを始めて知った。
 4本目は、今までとは逆に握ると開き、離すと掴むのである。まだ使い道は無いのだがユニークさで購入してしまった。
 これらは、私の大事な道具たちである。

燻製の季節

燻製の代表はやはりベーコン

 9時に会場『Kさん宅・乳牛農家』へ着いた。すでに早く来た人たちで、燻製箱は組み立てが終わっていた。燻製箱とは底はコンパネほどの大きさがあり、高さが900mmで本当にコンパネで出来ている。ふたは薄めの合板を2枚乗せたものである。
 1週間前、今日のために肉を下準備をする。毎年行っているのだが『燻製の本とメモノート』は必要である。昨年までの経験を軸に今年の香辛料などの重さを量る。全てを混ぜ、肉にすり込んでいく。1週間寝かせて仕込みは終わる。今日は、おまけが付きでバター作りが待っていた。バター作りは別な機会に書くことにするが、出来たバターをこちらのおばあちゃんが焼いてくれたパンにたっぷり付けて食べる。もちろんKさん宅の牛乳付きは言うまでもない。1週間後を楽しみに、各自、出来たバターを持って帰った。

燻製箱

 さて燻製に戻ろう。すでに火は入り、ベーコン用肉の乾燥をする。香辛料につけ込んだ肉はKさんが塩出しをしておいてくれたものだ。1時間半くらいで乾燥も終わり、各自それ以外のものを、どんどん箱の中に並べられる。ロースハム・ゆで卵・ゆでエビ・ホタテ・たこ・ビーフジャーキーそしてタクアン等々である。タクアンは、秋田の燻りがっこが有名だが負けないぐらい美味しくなるはずだ。

草でできたエンゼルフィッシュ

 これからは温度を下げ『桜の木』が投入される。この木の煙で燻製が始まる。ふたをし数時間待つことになる。朝から火の番を黙々とこなしている若いk君、ご苦労様。他のものは、ほどよく酒が入り饒舌になり笑いも絶えない。今回初めて参加したお父さん(娘さんの親)は子供の面倒を見るのがとてもうまい。植物でエンゼルフィッシュ・キリン・お面など作ってしまう。子供たちに人気がある。我々は、よくしゃべり、よく食べ、そしてよく飲むことが、好きな仕事のように楽しんでいる。時々箱の中をのぞき見するが煙でよく見えないのも期待がふくらみ、また楽しい。

煙の中で

 燻製は作ることも楽しいが、この待っている間、ここを流れているゆったりした時間が一番いい。人間がもつ本来のゆとりと、仲間と楽しむかけがえのない時を十分味わった頃、燻製もそろそろ出来上がったようだ。

パソコンなどについて 2

 さて、我が家に2代目のパソコンがやってきました。当時iMacが発売になり2世代目のカラフルなiMacの一台です。周辺機器のMacも色に合わせたものを購入しました。2台のパソコンをローカルネットで接続し仕事や趣味にと大活躍していました。
 このころ初めてデジカメを購入しています。これは、カメラの概念を根底から変えるものでした。あらゆるのものが被写体になり膨大な枚数をとることになりました。パソコンとデジカメ、切っても切り離せないものになりました。この数年後iMacフラットパネルを購入しパソコンも定着してきました。
 さて模型を作り始めたのはこのパソコンのを使って図面を書くようになってからです。DraftingCADを導入し快適に図面が書けるようになりました。       つづく

富士山に登る

 7月の〇〇日、いつものように二人で富士山に登ってきました。滝沢林道の終点(4合目付近)からの往復です。かなり長い道のりなので覚悟していきましたが、やはり大変でした。
 6合目までくるとスバルラインからの登山道が合流してきます。今日は夏休み前なので登山者も少なく静かな山登りが楽しめそうです。その中で外国の方が多いのには驚きました。やはり日本を思うとき富士山が頭に浮かぶのでしょうか。登山道は上り下りと別々についています。登りはジグザクが多く山小屋も沢山あります。最近2回ほど頂上まで行けませんでしたが、今日は大丈夫でしょうか。7合目の小屋(7合目と名を付けた小屋はたくさんあります)の前は休憩する登山者で賑わっています。金剛杖に焼き印を押す外国の人は記念に持って帰るのでしょう。

富士山と雲

 8合目の小屋を過ぎかなり上に鳥居が見えています。だんだん疲労もたまり休む回数が多くなるのか前後の間隔が狭まって大変混み合ってきました。見えていた鳥居が9合目と思っていましたが、そこは頂上の小屋に囲まれた一角でした。ここは大勢の登山者が休憩しています。風が強く記念撮影も大変です。今回はお鉢周りは中止し小休止の後下山道を駆け下りました。

パソコンなどについて 1

 最初に手に入れたワードプロセッサーは2行表示のCASIO社のものでした。今から考えるとオモチャですね。それでも書いたものがきれいに印刷でき(へた字の私には)革命的でした。通勤電車の中でタイピングの練習(広告の文字などを見ながら指の位置を探ってみる)をしていました。そのワープロは一年もしないうちにやめてしまいました。さすがに物足りなくなってしまったのですね。
 次に買ったのは20行ぐらい表示できる富士通のOASYSで、これはすばらしかった。(今のパソコンと同じくらいの価格)結局4台のOASYSを乗り継いだことになります。入力は「親指シフト」でした。(もう過去のもになったのかも)やはり通勤電車の中で練習していました。
 パソコンとの出会いは3台目のワープロを買うときです。小さくて可愛らしいMacが他(この頃の代表はPC98)のパソコンとはひと味違って魅力的でしたが高すぎました。最後のワープロが終わったとき、やっと最初のパソコン(パワーMac)が我が家にやってきました。高い方ではありませんでしたが、カラー表示ができとてもきれいでした。(現在とはだいぶ違いますが)インターネットも始めました。カチカチヒュルルルとモデムの音が懐かしいですね。(若い人にはわからないかも)
 実はワープロ時代に(パソコン通信)を少しだけやっていました。OASYSはモデムが内蔵できたのです。
 このパワーMacは内蔵メモリーを増設して64Mb.ハードディスクが1.6Gbだと記憶しています。まだFDDもついていました。しかし、能率はワープロの10倍はできたと思います。最初は親指シフトのキーボード(Mac用があったのです)を使っていましたが、この先これを使い続けるのが困難になりそうなのでローマ字入力に逆戻りしてしましました。
 さて、最初のMacはワープロとは違って写真の加工、小冊子の編集と非常に楽になりました。この時代デジカメは一般的ではなかったためスキャナーで取り込んで加工するのが主流でした。合成したり取り除いたりと自由にできることがうれしくて、毎日パソコンの前に座っていました。
・・・・・・つづく・・・

島々から徳本峠

2012.4.30.〜

 4月30日私たちは(私とうっちゃん)早朝松本へ車を走らせた。連休だがそれほど混雑はしていない。高山方面へ道をそれ、まもなく新島々の駅、すぐ島々へとつづく。島々の駐車場は林道を数分入ったところにある。入り口は桜が咲き始めていた。
 長い林道歩きもけっこう楽しい。いつだったか本で読んだ猿に出会い、道には多数のカエルが出迎えてくれる。二叉からは山道となり川の右岸左岸と渡りながら高度を上げていく。道々、春の楽しみ山菜を採りなが更にに登っていく。岩魚止め小屋は少し荒れているがシンボルツリーは見事にに大きい。一枚の写真に収まりきれない。

徳本峠小屋

 この小屋を境に沢筋には残雪が現れてきた。まもなく雪の上を歩くことになる。デブリを乗り越え、登る沢を一度変えると上まで続く雪の世界だ。ひたすら登り続ける。傾斜はかなりきつく滑落すると下まで行ってしましそうだ。慎重にキックを繰り返し数時間登り詰める。夏道は左右行ったり来たりしているようだがはっきりしない。上の方から燃料の燃えるにおいがし、小屋が近いことを気づかせてくれる。まだ傾斜は急だがほんの少し登れば終わる。小屋の一部が見え雪下ろしをしている人が声をかけてくれる。疲れたせいかそこからがかなり長かった。
 峠には数人の登山者や先ほど雪下ろしをしていた人たちと挨拶を交わす。峠の反対側には奥穂高・前穂高が姿を現していた。長い道のりを歩いたからこそ味わえる景色だ。昔、上高地へ入る唯一の道は、先人たちの足跡がどこかに残っているような気がする。この峠を越えるなら、島々から歩くことにこだわってみたいものである。
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